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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)10303号 判決 1983年9月22日

原告

有限会社グッパー

右代表者

矢野三千男

被告

東京弁護士会

右代表者会長

安原正之

右訴訟代理人

真壁英二

横山由紘

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五五年一二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告の本案前の答弁

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、被告に対し、弁護士法五八条一項により、昭和五四年六月一一日、被告所属弁護士Y(以下「Y弁護士」という。)の懲戒の請求をした。

右請求の理由は次のとおりである。すなわち、

(一) 訴外東京住宅資材株式会社(以下「東京住宅資材」という。)は、昭和五三年二月二八日、事実上倒産し、Y弁護士が、東京住宅資材債権者委員会代理人と称して、その財産を換価処分し、これを一部債権者に配当したが、右債権者委員会は法定の機関ではなく、従つて、東京住宅資材の財産を換価処分する権限はないから、Y弁護士の右行為は違法である。

(二) また、原告は、昭和五一年頃、東京住宅資材からその所有する土地の売却仲介の専属的委任を受け、以後仲介活動を行つてきたが、Y弁護士はこれを無視し、原告の仲介にかかる土地をも売却処分し、原告の仲介活動を違法に妨害した。

(三) Y弁護士は、右の過程において、原告に対し弁護士として不適格な言動をした。

以上のようなY弁護士の行為は、弁護士法五六条一項の懲戒事由に該当する。

2  被告綱紀委員会は、昭和五五年四月一四日、右請求に対し、Y弁護士には懲戒事由はないとして懲戒不相当とする旨の議決をした。

3  しかし、Y弁護士には前記1記載のような懲戒事由が存在し、これがないとの右判断は誤りである。また、その審理手続にも以下のような違法がある。すなわち、

(一) 右の審理においては、被告綱紀委員会は、原告に対して出頭を求め、事情聴取をし、証拠資料の提出を求めるべきであるにもかかわらず、原告は、被告綱紀委員会から、正式な出頭要請を受けたこともなければ、事情聴取を受けてもいない。また、証拠資料の提出を求められたこともない。

(二) 原告は、同委員会から同委員会の規則及び細則等の提示も受けておらず、Y弁護士提出の証拠資料の閲覧謄写を受けたこともない。

(三) 同委員会は、東京住宅資材の関係者から事情聴取もしていない。

(四) 審理手続を非公開で行つた。

弁護土法及び被告が制定した規則等が、右のような手続を許容しているとすれば、適正な手続を保障した憲法三一条に違反するものであつて、結局、右審理手続は違憲違法である。

4  右のような被告の行為は、原告に対する不法行為を構成するものであつて、原告は、右不法行為により、弁護士や弁護士会に対する信頼感を含めた法感情を著しく傷つけられた。これによる原告の精神的苦痛を慰藉するには三〇〇万円が相当である。

5  よつて、原告は、被告に対し、右損害賠償金三〇〇万円及びこれに対する訴え変更申立書が送達された日以降の日である昭和五五年一二月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告の本案前の主張

弁護士懲戒の制度は、弁護士の非行による被害者救済の制度ではなく、専ら弁護士の綱紀及び品位の保持を目的とするものであり、懲戒請求権は申立てをなす者の個人的利益のために設けられたものではなく、弁護士懲戒制度の運用の公正を担保するという公益的見地から認められたものである。そして、懲戒を請求したにもかかわらず、懲戒不相当との判断がなされたときには、その者は日本弁護士連合会に異議の申立てができる(弁護士法六一条)が、日本弁護士連合会の不相当との判断には、もはや不服を申立てることができず、裁判所への出訴の途も開かれていない(最高判昭和四九年一一月八日判例時報七六五号六八頁)。しかるところ、原告の主張する不法行為の内容は、被告綱紀委員会の審理手続及びその判断に対する不服であつて、このような請求は、たとえ不法行為という形態をとつていたとしても、右のとおり、弁護士懲戒の制度が個人的利益のために設けられたものでないこと及び裁判所への出訴の途も開かれていないことからすると、訴えの利益がないものというべきであり、却下されるべきである。

三  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1及び2の各事実は認める。

2  同3(一)のうち、原告が自ら提出した証拠資料に追加してその提出を求めていないことは認めるが、その余は否認する。同(二)ないし(四)の各事実は認める。被告綱紀委員会の判断が誤りであることは否認し、その審理手続が違法であるとの主張は争う。

3  同4は争う。

四  被告の主張

1  前記二で主張したとおり、弁護士懲戒の制度は、個人的利益のために設けられたものでもないし、懲戒請求人が、懲戒の手続に対する不服をもつて裁判所に出訴することも許されていない。弁護士に対する懲戒請求権も、このような権利にすぎず、被告綱紀委員会の判断及びその審理手続によつて原告の権利が侵害されたということはできない。

また、原告は法人であつて、法人が精神的苦痛を被ることはありえないから、損害は生じない。

2  被告綱紀委員会は、原告の懲戒請求に対し、弁護士法その他の関係法令に従つて審理を行い、懲戒不相当との議決をしたのであつて、何らの違法もない。

五  被告の本案前の主張及び被告の主張に対する認容

すべて争う。

第三  証拠<省略>

理由

一被告は、本件訴えは、訴えの利益がないので不適法であると主張する。しかしながら、給付の訴えにおいて、訴えの利益が認められるためには、原告が被告に対し金員の支払いその他の給付の請求をすれば足りるものであつて、他に何らの要件をも必要としないところ、本件訴えにおいて、原告が被告に金員の支払いを求めていることは明らかであるから、本件訴えの利益を否定することはできない。被告の右主張は、いずれも原告には被告に対する私法上の請求権がないという主張にすぎず、訴えの利益を否定する根拠とはなりえない。他に、本件訴えを不適法とする事由もないから、本件訴えは適法というべきである。

二原告は、原告のした懲戒請求に対し、被告綱紀委員会がした判断及びその審理手続が、原告に対する不法行為を構成する旨主張しているところ、不法行為は、私人の法律上保護されるべき利益を違法に侵害する行為であるから、原告主張のような不法行為が成立するというためには、まず、原告が、被告の懲戒権行使に関して懲戒請求人として法律上保護されるべき利益を有していることが前提となる。

そこで、この点について考えるに、懲戒請求に関する弁護士法の規定をみると、懲戒の請求があつたときは、弁護士会は、綱紀委員会にその調査をさせることを義務づけられており(同法五八条二項)、さらに、弁護士会が請求にかかる弁護士を懲戒しないとき又は相当の期間内に懲戒の手続を終えないときは、さらに、日本弁護士連合会に異議を申し出ることができ(同法六一条一項)、日本弁護士連合会は、その申出に理由があると認められるときは、当該弁護士会にその旨を通知し又は自らその弁護土を懲戒し、理由がないと認められるときは、これを棄却するものとされ(同条二項)、これは異議申出人に通知される(同条三項)。一方、懲戒の請求は何人もこれをなすことができるものであり(同法五八条一項)、懲戒の手続に、懲戒の請求人が関与することのできる権利を認めた規定は存しないし、懲戒請求人が裁判所に出訴する途も開かれていない。右のような弁護士法の規定及び弁護士の懲戒が弁護土会固有の権限とされていることを考えると、弁護士法は、懲戒の請求について、懲戒請求人に訴訟当事者のような地位を認め、懲戒手続を進行させる趣旨のものとしてこれを設けたのではなく、専ら弁護上会の懲戒権の適切な行使をはかるという公益的な目的のためにその申立権を設けたものということができる。そうすると、仮に懲戒請求を受けた弁護士会が弁護士法によつて与えられた弁護士懲戒権の適切な行使を怠るようなことがあれば、これによつて弁護士の綱紀、信用、品位等の保持は困難となり、弁護士自治に対する国民の信頼は失墜し、ひいては司法全体に対する国民の信頼にも累を及ぼすべきことは見易い道理であるが、しかし、弁護士法五八条の懲戒請求権が前述のような公益的見地から特に認められたものであつて、懲戒請求人の私的な利益保護のために認められたものではないことからすれば、懲戒請求人が、右のような場合に、弁護士会による弁護士懲戒権の行使に関して法律上保護されるべき利益を有するものということはできない。<以下、省略>

(白石悦穂 窪田正彦 山本恵三)

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